ケメ子は、1980年代の後半辺りのF1を一番熱中して見ていたので、その頃の特集雑誌なんかがあると、ついつい購入してしまいます。
F1では近々ターボエンジンが採用されることになりそうだという話も耳にするので、最近はその頃のことを思い出すことも少し増えました。
当時のことを記した最近の雑誌では、今のライターがその頃のことをリアルタイムで見ていないせいもあるのかなと思いますが、残念なことに「うーん...」と思うことが結構あったりします。
ライター本人が当時をリアルで知らないばかりに、どこぞで見つけた怪しい資料をただ書き写しただけでは?思えてしまう記事に遭遇することもしばしばです。
割と目にするのが、「ホンダターボは1500馬力出てました。最強!」という感じのもの。
実はこれ、当時(リアルタイムからその直後辺り)言われていた内容とはだいぶ異なっています。
1500馬力という言葉は、僕の知る限りでは、ホンダのF1ターボエンジン最初の責任者で、のちに社長になった川本信彦氏の発言ですが、これは「過給圧無制限のレギュレーションが続いていたら、きっと1500馬力も夢では無かったはずです」というもので、実際に出ていたという内容ではありません。
この発言は、ターボが禁止になった後ならではのぶっちゃけ話として、GPX総集編の1988年版や、AUTOCOURSEの1989年版など、複数の異なるメディアで報じられています。
そして、それらの記事では実際のホンダの出力にも触れられていて、「一番パワーが出ていた時期で、予選仕様でも1100馬力には満たない。でも1000馬力は確実に超えていた」との趣旨を川本氏が発言しています。
この馬力は、前面投影面積や区間加速などの実測されたデータからジャーナリストが算出し、流布していた値とも結構近いものでした。
この頃(1986年頃)のホンダの過給圧は予選仕様で5バールと言われており、ホンダが後年に公開した、1987年仕様のエンジンが4バールの過給圧(その年の規則上限)で1000馬力を僅かに超えていたというデータと合わせても、過給圧無制限のレギュレーションの1986年の予選仕様で1000から1100馬力という川本氏の発言は妥当なところかなと思います。
手元にレーシングオンの2004年12月号があり、この中の記事では「1985年のフランスGPで6バールを掛けて1500馬力を達成していた!」とありますが、この記事では1987年仕様が4バールでほぼ1000馬力というデータを理由に、その2年前のエンジンに1.5倍の6バールの過給圧を掛けて1500馬力が出ていたはずだという論理展開をしているのだけど、さすがにこれは無理があるような気がします...(笑)。
その1.5倍の単純計算が仮に成立するとしても、2年間の開発の進歩や、1985年と1987年のエンジンの圧縮比の違いなど一切無視な訳ですからね...(汗)。1985年の圧縮比は7.0、1987年の圧縮比は8.2ですから、約2割も違うんですけども(1987年は過給圧の上限が4バールに制限されたことに対応するため、エンジン本体の圧縮比が大幅に上げられています)。
まあ、市田勝巳氏が、件の1985年フランスGPで「きっと1500馬力近く出ていた」と発言し、それに沿った体裁の記事であるため、仕方ない部分もあるのでしょうけれど、もうちょっと説得力あるように書くか、そもそも記事にしないという選択もできたのではないかなぁと...。
うがった見方をするのであれば、当時のBMWが、予選仕様で1300馬力ほど出ていたとされているため、「ホンダ最強」とするために、どうしてもそれ以上の数字が出ていたことにしたいのですかねぇ。
実際のところ、燃費問題などがあって決勝仕様ではホンダの出力が圧倒的だったのは間違いなく、それだけでも「ホンダ最強」という記事を書くのに十分だと思うのだけど...。チャンピオンもホンダエンジン搭載車が獲得しているんだしさ。
などと、外野の素人がぐだぐだ書いてみます。
(2013.1.15追記)
ホンダエンジンの1987年仕様の圧縮比に誤記があったため修正しました(8.4→8.2)。
stefano
ひとつ質問させていただきます。
「当時のBMWが、予選仕様で1300馬力ほど出ていたとされているため」とありますがこの根拠は何でしょうか?ホンダの1500馬力には根拠がなくてもこちらには根拠があるのですか?
ケメ子
stefanoさん>
このような辺鄙なブログにコメントありがとうございます。
BMWが1300馬力というのは、当時の記事で頻繁に言われていた数値です。
1986年にBMWのメンテナンスを担当していたハイニ・マーダーのインタビューなどで、通常の予選仕様の過給圧が5.3バール、過給圧を5.5バールに設定した場合で1300馬力という値が語られています。
1986年のイタリアGPでは実際に5.5バールを掛けたということが記事になり、その時に計測された時速351キロはF1史上最速(当時)の値で、他のエンジン搭載車を圧倒するものでした。
1986年にベネトン・BMWのメカニックを務めていた津川哲夫氏も、1987年にフジテレビが発行したF1年鑑に、「(1986年の)BMWは予選時にはグランプリ最強の1350馬力を絞り出していた」と寄稿しています。そのコラムは1986年のイタリアGPやオーストリアGPあたりを中心に書かれたものなので、5.5バール時のパワーを言っているのかも知れません。
BMWは4気筒エンジンを使用していました。ホンダやポルシェなどの6気筒エンジンとの比較で、4気筒エンジンは最高回転数を引き上げることが難しく、主に過給圧を高めることでパワーを引き出していました。このことから、BMWは1987年以降の過給圧制限の影響を最も大きく受けるだろうと言われており、実際に1987年以降は全く結果を残すことができずに終わりました。
ホンダの1500馬力に対して私が疑問を持っているというのは上記本文で書いた通りですが、それを補うデータも記載しておきます。
1986年のF1で、(エンジンパワーが求められる)予選平均速度の最も高かったオーストリアGP(エステルライヒリンク、256.0km/h)とその次に速かったイタリアGP(モンツァ、248.3km/h)ではBMWのファビがポールポジションを獲得し、3番目に速かったドイツGP(ホッケンハイム、239.9km/h)ではポルシェのロズベルグがポールポジションを獲得しています。
年間を通しても、1986年のホンダエンジン搭載車(ウィリアムズ)はポールポジションが4レースしか無く、9勝を挙げた決勝と比べ、予選では比較的苦戦を強いられていました。
また、1986年と1987年で基本設計を同じくする車両(FW11とFW11B)を使用したウィリアムズ・ホンダですが、この2年で、同一コースでの最高速に有意といえるほどの差はありません。このことも1986年に1500馬力も出ていたのか疑問に感じるところです。しかも、1987年終盤のアクティブサスを導入したレースでは「ウィングを極端に寝かせて走れた」とのことで、1986年と比して逆に大きく最高速が伸びています。
ケメ子
まとめ:
過給圧無制限だった1986年の予選仕様で、BMWが高い過給圧に頼って1300馬力か少し下回る程度、ホンダが(BMWと比して)低い過給圧により1100馬力程度だったのであれば、確かに実測された各データやリザルトとの整合が良いと感じています。
決勝仕様では、1986年から1987年の195リッター規制下で、ホンダが4バール付近で走れたのに対し、BMWやポルシェなどはもっと低い過給圧でないと燃料がもたず、決勝においてはパワー的にホンダが明らかに優位に立っていると考えられていました。これも、決勝の結果とあわせて考えると納得のいく内容です。
以上です。
よろしくお願いします。