前回ミナルディについて触れたときにはチームをとりまくソフトな話を書いたつもりですが、それを書いて以降、ミナルディのことが頭の中で軽く渦巻いています(笑)。
そんな訳で、このチームの歴史上、重要な位置を占めるとケメ子が考える車両について、脳内の棚卸を兼ねて軽く掘り下げてみようかと...。
それが、ミナルディ M186です。
M186は1986年の後半戦、ハンガリーGPで初めて投入された車両ですが、技術的にはそれまでのミナルディとは大きく異なります。
ミナルディはM186の以前からアルミハニカムを使ったサンドイッチ構造を採用していましたが、ミナルディの手法は、アルミハニカムの内側にカーボン/ケブラーを使用し、ハニカムの外面側にはアルミ板を張り付けるというものでした。これはミナルディがF2マシンを製造していた時代に採用した手法で、F1車両のM185までこの設計を踏襲していました。
M186では、外面のアルミをカーボン/ケブラーへと変更し、カーボン/ケブラーとアルミハニカムのサンドイッチ構造を採用しました。
これは当時一般的だったカーボンモノコックの構造ですが、ミナルディがこの手法を採用したのは初めてでした。実際にモノコックの製造を受託していたATR社の製造技術力の恩恵もあっただろうとは思いますが、いずれにせよミナルディの既存の車両設計の手法を捨てたという意味で、ミナルディにとってはエポックな車両ではないかと思います。
この1986年のミナルディには、M186以外にも大きなニュースがありました。エンジンコントロールユニットの変更です。
1985年に使っていたユニットは、1983年いっぱいでフェラーリF1が使用をやめたルーカス製の「廃品リサイクル品」でしたが、1986年はフェラーリが自チームのために新たに開発したウェーバー/マレッリ製のユニットを、モトリモデルニエンジンに合わせてチューニングしたものへと変更されました。このチューニングとメンテナンスはフェラーリが自ら行いました。
1986年は燃料の使用量が前年の220リッターから195リッターへと10%以上も厳しくなっており、この変更はミナルディにとってはかなり大きな恩恵だったはずです。
M186 に話を戻すと、この車両の設計は1986年の開幕前に完了していたものの、金銭的な都合で実際に製造し実戦投入できたのは1台のみ、それも第11戦になってからでした(全16戦)。
もちろんそんな経済状態のミナルディが最終戦までのたった6戦で新モデルをお払い箱にするはずもなく、M186は翌1987年も継続して使用されました。
1987年の開幕戦では3台のM186が揃い、この年は更に1台を追加製造したため、計4台のM186を使うことができました。前年モデルの継続とはいえ、最新モデルのスペアカーが常にあるというのは、ミナルディとしてはかなり頑張ったのかも知れません(笑)。そして1987年の末をもってM186はお勤めを終え、コスワースDFZ搭載の次期モデルM188に交代します。
そんな訳で、(誰得か分からない)ミナルディM186のお話、おしまい、おしまい。
四半世紀以上も昔のF1下位チームの車両についてのこんな話、実際のとこチラシの裏ですわな。
(さらにチラシの裏)
そういえば1980年代の「カーボンモノコック」は、カーボンの間にルミハニカムを挟む構造がトップチームでも当然の構造でしたけど、1990年台の頭あたりにはアルミハニカムを省略するようになりましたよね。
ハニカムを省略できるようになったのは技術の進歩だとは思いますけど、その時代はモノコックが「折れる」とか「砕ける」という種類の事故が起こっていたのを思い出すと、一時的にとはいえ、1990年代には車体そのものの安全性が若干落ちたのではないかと個人的には思っております。
参考書籍:
世界のレーシングエンジン(著:I.バムゼイ、訳:三重宗久)
FERRARI: The Grand Prix Cars (A. Henry)
The 1000 BHP Grand Prix cars (I. Bamsey)
Autocourse 1986-87
Autocourse 1987-88
追伸(2013-02-18):
ミナルディの各年度モデルのページが復活したようです。
http://www.minardi.it/international/history/cars-and-drivers-of-minardi-history/
ミナルディのトップページはこちら
http://www.minardi.it/international/
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